父×私×旦那 | ごちゃまぜで大丈夫。

父×私×旦那

私は結婚している。
結婚してしまったのだ。
でも、今は離婚したいと思っている。
理由はいろいろ。
いろんなことの積み重ねで、とにかく、これからの長い人生一緒にいるのが幸せとは思えなくなってしまった。

先日ある友達にこう言われた。
「○○(私の名前)は早くに親元はなれたから、旦那に親的なものを求めてるところがあったんじゃない?」
……
ピンポーン!
そう。
ある意味当たってる。
でもそんなこと話したこともない友達に指摘されて、正直驚いた。
でもそうなのです。

私は小さい頃、親子関係をうまく築くことができなかった。
特に父親とは。
父親も当時まだ若かったし、いろんな物が欠けている人だった。
私は実際子供の頃、意味もなくボコボコにされて、本気で「父親に殺される」と恐怖でガタガタ震えて涙さえ出ない夜を何度も過ごした。
だけどその分人一倍、父親に愛されたいという欲求は強かった。
子供はどんな目にあっても、親の愛情を求めるものなのだと思う。

そして私はどんな形でも愛されれば幸せだと思ってた。
だから、それがいけないことだと幼心になんとなくわかっていたけど、父親の腕に抱かれているとき「このまま死んでもいい」と思うぐらい幸せだった。
性的虐待?
そう言うのかもしれない。
でも私にとっては唯一愛情を感じられる幸せな瞬間だった。

そんなこともあってか私の恋愛の形は歪んでしまったのだ。
付き合う男にはいつも父親の影を探していた。
旦那にもそう。
私は父親にして欲しかったこと全部を旦那に求めた。
私にとって旦那の人格なんていらなかった。
私が欲しかったのはあの頃の父親の愛情。
私は見かけはなんとなく大人だけど、中身は父の愛情を求めて傷つき泣いていたあの頃の小さなアタシのままだったのだ。

旦那はそんなこととはまったく気づいていないだろうけど、こんな関係がうまくいくわけがない。
旦那は旦那なんだから。

年々旦那との関係がうまくいかなくなっていった。
もちろん、このことが別れる方向に進んだ理由ではない。
もっともっと複雑。お互いいろんなことがあって、いろんなことの積み重ねで、お互い疲れ果ててしまったのだと思う。

でも少なくとも私は結婚の意味をわかっていなかった。
私が求めていたのは「夫」ではなく「父親」だった。
今までのことを振り返っているうちにそれに気づいた。
気づいてしまったのだ。

旦那を旦那として見ることができるようになった今、お互いのために別れることが最善だと思う。

そして私の中の小さなアタシにもサヨナラしなくちゃいけないと思う。